エンジニアのソフトウェア的愛情

または私は如何にして心配するのを止めてプログラムを・愛する・ようになったか

悲しいとき(2)

よほどわたしの言葉がわかりにくいのか、はたまた、わたしの周りには理解を共にしてくれる人がいないのか。
今日は、メールを介して議論をしているつもりでした。二度三度意見を交換したあとに、相手から届いた言葉は「全然、わかりません」。脱力しました。わたしは議論しているつもりでしたが、議論になっていませんでした。一方通行。わたしはいったい何を相手にしていたのか、と悲しくなりました。

ひとりひとりがそれぞれの意見を持てば、それぞれの意見がぶつかるのは普通でしょう。「あなたの言っていることはわかる。しかし同意しない」。これが「反対する」ことですし、その上で意見を交わせば議論することができます。「あなたの言っていることはわからない。だから同意しない」。これは意見を伝えたときの言葉がよくないか、あるいは相手が聞く耳を持っていないか、です。どちらにしても議論はできません。新しいアイディアも、生まれないでしょう。残念です。
あいにくわたしには、こんなときの対処方法の持ち合わせがなく、ただもう、この議論、のようだったもの、を放棄することしかできませんでした。